源平観戦日記


大河「清盛」中間感想

※今回はわりとネガティブなことも書くと思うので、
「清盛」について肯定的な意見しか見たくないよ!って方は読み飛ばしてください。



■「清盛」ももう38話。あと1クールを切ったってことですねついに。
ここでちょっと小休止して、感想を書きたいと思います。
■さてさて、「清盛」ですが視聴率的には低空飛行、一部からは汚い暗い事実をゆがめてるなどの罵倒、でも一部の人には絶賛された状態でこのまま最終回まで行くのかなーって感じです。
しかし再来年の大河はまだ決まらず。誰もがそう考えると思うのですが、
「八重の桜に玉突きされていったん待機になった題材は、戦国でも幕末でもないマイナーな時代で、『清盛』が大コケしたからそのために再検討になっちゃったのかな」ってな状態ですかね。
実際どうなんでしょうね。そろそろ発表だとは思いますが。
■私は「清盛」は好きです。でも、このドラマをスキじゃないって思うときに、どういう理由になるのかはなんとなく想像します。それを書き出してみようと思います。

1)あまり他の映像作品で扱われたことがなく、前提知識がないので普段の大河の楽しみ方ができない。
普段、「おおー、今年の本能寺はそう来たか!」みたいに見てたとしたら。
今年の保元平治のあたりなんて、映像って言ったら、新平家物語か、松平健様が清盛役だったドラマくらいでしょうから、そういう楽しみ方はあまりできないでしょう。
かつて、「いのち」が実在人物を題材にしていないために、「大河でやる意味がねぇ」的な批判を受けたことがありましたが、わりと似てるのかも。
かつて私は映画「薔薇の名前」を見てたときに、「あー、これ、私がクリスチャンだったらもっと面白いんだろうな」って思ったのですが、そんな感じかなと思うと共感できます。

2)伏線が遠いので、1回1回の達成感が薄い。
「清盛」が、自己満っぽいと批判される理由は、このあたりかなと思います。
距離の遠いところに伏線を置いたり、対比による「一方の説明を読むことで、もう一方を察する」みたいな構成も多くて、視聴者に対して、よく言えば「双方向になると楽しい」、悪く言えば「作り手から読み手への要求が多い」作品だと思います。
うちのおかんは「清盛」のことを、「見てて疲れる」と言ってます。
それは、画面が暗いとかそういう問題じゃなくて、「え?どういうこと??」といちいち考えなきゃいけないのが重いんですよね。
また、清盛人生全体の浮き沈みを念頭にエピソードを配置することを最重視してますから、1回1回の「清盛ピンチ!→やった、切り抜けた!!→清盛さんすごい!と評価される」的な達成感が弱い。

3)清盛の性格が嫌い。
無駄に正論振りかざして世間に反抗しつつも自信が持てなくてうじうじしている青年期、
昔の青さをなかったことにして、皆まで言わずにワンマンに仕事をする壮年期。
どちらも爽快感のある人柄ではないので、清盛を見てて楽しくないから見ない、って気持ちはわかる。
私は、前者はスキでした。私が女だからかな、別にああいうのを不快だと感じないんだよね。女の子の自意識をねっとり描かれたらイヤだと感じるかもしれないけど。
逆に、今の清盛は思わせぶりにほのめかすだけで、自分の本心をわかりやすく語る場がない。それを語る相手として盛国がポジショニングされてるのかと思いきや、あまりそういう感じでもないですよね。
そこは不親切だなと思います。
ナレーションも頼朝視点だから、清盛の内面まで語ることはできないですよね。だから、主人公の清盛に感情移入しづらい。別にストーリーを読むときに誰かに感情移入しなきゃ楽しめないってことじゃないんだろうけど、でもまぁ、楽しみづらいですわな。
ちなみに私は、「風林火山」の勘助(の性格)がほんとに嫌いで、もうこいつ画面に出て喋るなら見ない!ってくらいでした。でも、それはただ私の好みの問題で、だから風林火山が作品としてどうだというつもりはありません。

4)役者が若手ばかりで誰が誰やら。
大河=重鎮キャスト=ブランド と感じる人は、不満でしょう。ただでさえ登場人物があまり知られてない人ばかりなのに、「○○さんが演じてる人」という覚え方もできないので、なおさらわからん…ってことはあるかもしれません。

5)知られてない人物だからと思って、勝手にゆがめて描いてる
あまり知名度のない人物をドラマで重要人物として出すうえで、かなりキャラクターは強くなってるので、もともとその人物や時代が好きな人からすれば、ゲッと思うかもしれません。

と、並べてみました。
ここでは、画面が暗いとか、天皇だ王家だとか、盛盛ばかりで区別つかないみたいな「もうちょっと内容のあるところで批評しようよ」系は割愛します。
■で、今度は私が「清盛」を好きなところを書きます。

1)作り手がその時代の「おもしろさ」を考えて作ってる。
■「たくましい平安」ですね。
清盛を描くとなったときに、平家物語の「滅びの美」念頭に描くほうではなく、「たくましさ」を描こうと志向したのは、作り手がこの時代についていろいろ調べて感じて考えたからだと思います。
私は、調べてる知ってるよりも、「感じてる」「考えてる」ことに価値を置きたい。
さらに、その「たくましい平安→様式美よりも、生々しさのある平安」を、最後まで全うしようとしているところもすごく好きです。重盛の慟哭とか、本気で掘り下げに行ったなと思ってワクワクしました。
■例えば、他の大河だと。
「江」のとき、彼女の人生を水にたとえて描く…って最初のコンセプトは面白いと思ったんですよ。
最初は「私が私が」だった江が、だんだん受け止めて自分を変えていく生きかたを身につけるのかぁと。
根性つけていった篤姫とはまた別の路線なのね!と。
でも、実際お話が進んだら、作り手のほうが秀忠(というか多分向井理)を描くのに注力しちゃって、しかもその描き方が人物に甘いので、なんか未消化感が出ちゃった。
私は「江」を最初から最後まで見てたんですけど、「やりたいと決めたことと、やったことが合致しない」から、そこは失敗だったと思います。
ただ、淀の描き方は実はありそでなかったタイプで、そこはよかった。「しっかり者として頑張ってるけど、無条件に甘やかしてくれる人に靡きたくなってしまう」って様子とか、最後の自害しようと持った刀がブルブルゆれてるところとか、彼女の描き方は優しいなって思うんですよ。
「天地人」は、彼を描く以上、関が原での決断がエポックだと(戦国時代の知識があまりない私でも)思うし、そこでものすごく描きたいことがあるからこそこの題材なんだろうと期待してたわけだけど、意外とそこがノープランだったのには、ガクっときた。
■そんなわけで、私は上記の点で「江」や「天地人」に点が辛いんだけど、でも、「女がでしゃばるからいや」とか「現代っぽい恋愛観とか反戦思想がいや」とか「愛とか戦国時代にあり得ないからいや」みたいなのではないです。平家物語の時代、子どもは父母がべったりで育ててるわけではないですが、それでも平家物語読んでると、親子の情愛が私の感覚とそう違わないとわかる。そういうの読んでるから、「この時代だからこういうこと考える人はいない」みたいな断言はできない。

2)見る側に読解する楽しみがある
私はこれが苦痛じゃない、むしろ楽しい。
このドラマがいわゆるオタク層(歴史オタクじゃなくて、アニメとか漫画とか好きな人のほう)にわりと好かれてるってのはわかる。オタクはそういう作品の見方に慣れてますし、よく自分で訓練してますから。
ただ、そういう薀蓄うねうね言ったり考えたりするのはいや、TVはご飯とか食べながら気楽に見たい…って人も当然いるでしょう。私もニュース番組とかがめっちゃ思わせぶりだったらムカつくと思うし。
自分が期待している視聴の仕方ができないのは、ストレスだよね。

3)清盛が完成形じゃないのが面白い
■まだ清盛は「権力のその先」を見ていないので、このあとまた変化するのでしょう。
清盛が肯定される場面が少ないので爽快感がないんだけど、でも、ずーっと未完成な人間として描かれているのが、イライラするけど面白いなって思います。
今も、結局重盛の苦悩を汲み取ってやれずに楽観視しちゃってるところがありますよね。あんなに周りに支えられてここまで来れた人なのに、今は自分の夢に没頭しちゃってる。
この清盛がすきか嫌いかといわれたら、好きじゃないんです。でも、こういう主役もいいなと思う。
■風林火山の主人公もこういうことなんだよねきっと。
でも、私はあの勘助は根底に卑屈さみたいなのを感じちゃって、それがどうしてもダメだった。ある意味脚本も演者も描き方が上手だったんだと思う。

4)若者に機会を与えている姿勢が好ましい
■私、このドラマの登場人物で「演技がちょっと、うーん、与えられている役割を演じれてない気がする」と思うのは時子姉妹だけです。ほかは全然OK。
私は、大河ドラマだからって象の墓場みたいにする必要ないと思う。
もともとどういうつもりだったかは知らないけど、視聴率取れないってなったときに、大物投入にお金使うのではなく、演技ができる若者をどんどん投入したのはよいことだと私は思ってます。
■松ケン氏の演技も良いと思います。1話とか見返すと、今のほうが巧いなってわかるもん。若い人が演じると、伸びしろがあって面白いですね。だから私は主役が若い方がすき。実は、龍馬伝のときは「やっぱ40になると伸び幅にも限界があるのかぁ」と思って、自分はどっちかっつーとそっちに年齢近いのでシュンとなった。

5)なかなかこの時代で「他人の解釈ワールド」を見ることができないので、面白い。
■ドラマで描かれてるのは、その人物や世界の「解釈」のひとつです。別に作ってるほうはそれが正解だなんて思ってないわけで、見てるほうも正解を押し付けられたと被害妄想をする必要はないと思います。
■また、どんだけ事実を調べまくったって、その人が何を考えてどうしたかったのか把握することなんて、無理です。ただ、解釈するためのヒントが増えるだけ。
それは、例えば私の職歴や学歴や毎日の行動が全部知られ、ブログを全部読まれたとしても、誰かが私を100%把握できるなんて無理だというのと一緒です。
他人を推しはかり理解しようとするときに「正解」なんてない。
だから、自分と違う「解釈」の存在を、賛成はできなくても受け止めることができないと、歴史を題材に作品を見たり読んだり、まして作ったりなんてできない。そう思います。
■あと、私は逆に、作品のメインが「こういう人がいるってことを、知ってほしい」主張になっちゃってる漫画とか小説に対して、「説明はいいから作品にしてもらえたほうがいいなぁ」と鼻白んじゃうほうなんです。だから、積極的に解釈を攻めてくるほうが面白くてわくわくします。


■と、ここまでネガ観点とポジ観点で「清盛」を考えてみました。私自身がこの作品を好きなので、ネガに関してはどこまで核心に届いてるかはわかりません。でも、「ここは好き嫌いあるだろうな」「ここは確かにちょっと不十分だな」と思うところを書いたので、反論ありきで無理やり書いたってわけではないです。
■清盛への評価を見てて思うのは、これは多くの人が感じてると思うのですが

・全か無か、みたいな二元論がまかり通る怖さ
・「自分の好悪」と、「作品が良作か駄作か」の線引きのない怖さ

です。私は清盛のチャレンジングなところは好きだけど、補完を場外するのは怠惰だと思うので、そう見えてしまうようなネットでの活動には批判的です。あと、種まきから刈り取りが長すぎるきらいがあるのも、もうちょっと親切でもいいんじゃない?と思います。毎回TVにかぶりついて見てもらえて当然、ってものではないので。
ただ、「それは好みの問題だよな」ってことを引っ張り出して「駄作」って断言するのは、怖いです。
例えば、私は「梅ちゃん先生」を見て、人生をeasyモードで生きてる梅ちゃんにイラっとするわけですが(笑)、でも、この作品は朝ドラとして心軽くふんわり見れるように作ってるのだと思うので、「私は好きじゃない」とは言えるけど「駄作」だとはいえません。
「清盛」については、そのあたりの線引きが不安になります。罵るにしても神とあがめるにしても。
橋下さんの文楽への評価じゃないけど、「私が理解できないもの=不要なもの」って断ずる発想は、突き詰めて考えると恐ろしいですよ。
■と、そんなことを「清盛」を見ながら考えてます。
TV番組って、業界としてはサービス業なんだろうけど、「作品」は「サービス・商品」ってだけじゃない側面を持ってますよね。今求められているものが今必要なものなのか、ちょい先のために打つ手が今必要なものなのか、求められるものを作り出すことが今必要なものなのか、いろんなアプローチがあるのだと思いますが、NHKはそのアプローチを試してみることができる場所だと思うので、果敢にやってほしいです。
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by mmkoron | 2012-10-01 22:02 | 余談あれこれ

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