源平観戦日記


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わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-

作:清水邦夫 演出:蜷川幸雄 
2008年5月4日(日・祝)~27日(火)Bunkamuraシアターコクーンにて上演

斎藤実盛:野村萬斎 斎藤五郎:尾上菊之助 斎藤六郎:坂東亀三郎
巴:秋山菜津子 中原兼平大石継太 中原兼光:廣田高志
平維盛:長谷川博己 藤原権頭(実盛の盟友):津嘉山正種


■連休前に我が家に遊びに来た友達が「今度、萬斎さんが平家物語の劇やるねー」。えっ、いつ、いつなの!? と飛びつかんばかりに質問したおして、なんとかギリギリチケット入手できました。ふーふー(息が荒い)。
■登場人物からおわかりのように、倶利伽羅前後の物語です。人物の生死についてが平家物語と異なってますが、あらすじはこんなカンジ。

 倶利伽羅の戦いは寡兵だったはずの木曽義仲軍の圧勝に終わった。
 しかし、崖下に積み重なる平家軍の屍を見下ろす木曽軍の表情は、勝利者の表情ではなかった。喜悦がきわまったとき、人の表情はあんなに歪むものなのか。
 類い稀な強運なのか、平家総大将・維盛に仕える老武士・斎藤実盛はこの戦いから生き延びた。すこし前から、彼には数年前にひょんな事故で死んだ我が子・五郎の幽霊が寄り添うようになっている。しかし五郎の姿は実盛以外に感じることはできないので、実盛の挙動は維盛たちに不審がられ、彼は無理矢理前線から下ろされてしまう。
 五郎の弟・六郎は、若者らしい野心に突き動かされて義仲軍を訪う。かつて父・実盛は、幼い義仲を木曽に匿い住ませた恩人であり、五郎はその後木曽軍に身を投じ、義仲とは無二の友になっていたのだ。父に聞いていた、生命にあふれた木曽に六郎はかねてより憧れを抱いていた。
 六郎はその縁を頼って森の国・木曽に入ったが、そこで見たのは義仲の不在。そして、互いを狂人とし、自分を正気だと六郎に告げながら、どこか狂気を宿した巴、中原兄弟、義仲の愛妾ふぶき。正気なのは誰なのか。そして五郎はなぜ死んだのか。
 木曽軍の徹底的な殲滅作戦のなか、実盛は手勢だけで木曽の奥へと向かう。
そこで彼は、かつてその若々しさと生命力に対して妬みにも似た感嘆の思いを抱いた、森の国の現在に立ち会う。

■うーん。こんな説明でいいのかな。
■お話は2つの軸を持っています。
若々しさと喜びの生命力にあふれた木曽軍。
鬱蒼とした森の枝の隙間から、見える空だけを眺めていた、だからこそ空に未来に純粋に憧れていたという彼等。彼等が遮るもののない場所までやって来たそのとき、狂気の領域に踏み込んでしまう。
蜷川氏演出で、シナリオの清水氏も同世代だそうですが、この世代から10年くらい後までの人の時代モノ作品は、このモチーフ(…というのは、どこか全共闘と呼ばれたものをカンジさせるテーマ)が切っても切れないようですね。蜷川氏は全共闘世代よりはすこし上の、幼少期が戦時中だった世代なわけで、そこはまさに実盛のポジションなのかもしれません。
終盤で実盛は、「生きている人間は淫らな夢を追う」と詰る五郎に対してこう言います。

「死人は立派すぎる、高貴な夢を語りすぎる。特にお前のような若い死人は。」

五郎は狂気や淫らさに踏み込むその前に、純粋なまま時間を止めた存在として登場しているのです。
さて、この言葉。私は結構身につまされました。例えば、セカイ系とか呼ばれる作品とか、webでの世相への批評とかって、私はこの「立派すぎる高貴な夢」に感じちゃったのです。立派というか、抽象的・概念的というか。そういう意味では、私を含めて今の若者(えっ、私は若くない?こりゃ失礼!)というのは、生きながらにして「若い死人」になってるかもしれないなーと。
狂気に踏み込むのは論外だし、実盛たちの「淫らな」領域に泥むのが必ずしも良いとは断定できませんが、なんか、永久に森の中にいて傍観者に徹してる木曽軍、みたいな世界観が、現代に存在してるかもしれないと思いました。
作り手のほうがそれを発信しようとしたかどうかはわからないわけで、こういう感想を持つのは、私の世代ならではの感性なのかもしれません。
■さて、もうひとつのお話は、「父と子」。これも、平家物語ならではのモチーフですよね。
武士である斎藤父子は、家族という温かさだけでなく、明確な上下関係があります。
そして、自らの武士としてのDNAを、父が子に伝えきろうとする一体化の強制と、子が自分であろうとする反発作用とのせめぎあいも。
木曽軍に走った六郎は、その反発作用の結果なわけですよね。
そういう意味では、斎藤実盛と五郎の関係というのは、伝えきる前に子が時間を止めてしまってる。しかも時間をとめた子が親にコミュニケーションをとり続けることで、むしろ親の時間が逆流しかける危うさを持っているという、歪みが生じた関係なのです。
明確にあったはずの上下関係、時間が上から下へと流れていくその法則に、やさしい歪みが生じている。それが、平家物語ファンご存知の、実盛の最期につながっていきます。

■さて。ここで登場人物に関する平家ファンとしての感想を。
まずは維盛ですかね。乳母を連れて出陣してるお坊ちゃんです。戦時中でもどこか他人事感覚というか、切迫感がなくて天然キャラになってます。この維盛は「ただいまー」感覚で六波羅に帰還してそうだ!
実盛に人間の心の機微を教えられた(で、戦の機微のほうはよくわからんかった)と語る彼ですが、天然ならではの鋭い洞察を見せたり、そうでもなかったり(笑)。長身(じゃないかな)の、見た目カッコイイ役者さんなので、その面白貴公子っぷりが映えてました。
次に木曽軍。木曽好きの人には結構ショックなのかな。私は平家がこういう描かれ方してもこれはこれでこういう作品だと納得できる気がしますが、人によっては凹むかも。
結局、負の領域に踏み込んだことで、全員が疑心暗鬼に陥ってるんですよね。最初のモチベーションがすっかり失われて、残っているのはアクションへと突き動かす衝動だけ。もう何のために京を目指しているのかも見失いながら、ただただ狂気に突き動かされて足を西へ西へと進めていく。
巴への周囲の評価とか、兼平の位置づけとかは、平家物語を読んだ印象からはかなり相当アレンジされています。
私は巴のキャラクターが面白かった。巴は、ずたずたにされながら、彼女は逆に実盛に夢というか救いを見てるんですよね。でも実盛はもう老人だから、そんなイキイキした夢を押し付けられてももうついていけないのよね(^^;
五郎と六郎はそんなわけで平家物語とは全然違う運命を辿ってます。五郎死んじゃってるし、この六郎は維盛から託された六代を大事に匿うタイプではないなぁ。平家復興の隠しダマにしそうだ。
■最後に役者さんとか舞台のことを。野村萬斎の実盛はかっこいいですよー。過剰な年寄り演技ですが、でも舞台だからこれくらいでよいのかも。最後のシーンは結構ぐっときました。実盛の時間が、ゆっくりゆっくり浄化されて本当の意味で彼の時間が戻っていっているんだなーと。ほんのすこしの間だけなんだけど、やるせないんだけど、救いがあるような気がして。
私は学生時代から萬斎ファンだったので、もちろんこの劇も萬斎目当てだったのですが、しかし五郎がカッコ良かった!!
私が描いたコロコロした五郎ではなくて、気がやさしげなおっとり若武者ってカンジで。彼がこういう状態だから、木曽義仲もこんな人なんだ…と想像できるんですよね。
菊之助さん、声がいいですねー。通りがいいし、凛としてるし、やさしさがあるし。声優もできるんじゃないかと思ったら、やっぱり声優のお仕事もされてました。ナルニア国物語で王子様役だそうで。うんうんそんな感じ。純化された存在であるこの役にすごく合ってたと思います。
■舞台装置はさすがにスゴいです。藤?さくら?の巨木のセットはすばらしかった。こんなにスゴいんだから、ラストにも出てくるんだろうと思ったら1回きりだったので、そりゃまたすごいわと感嘆。ラストの湧き水の演出とか、照明でああいう表現をするんですね。水面のゆらぎやひかりを感じて、うっとりしました。
そんなこんなで、私は蜷川演出の舞台観るのははじめてだったのですが、面白かったです。
ただ、これって平家物語の実盛の話を知らないで見て、話がするっと入ってくるのかな?ってのはちょっと思いました。知ってれば、すごく感慨深いですよ!
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by mmkoron | 2008-05-10 22:16 | その他映像・劇 等

    

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